名古屋地方裁判所 昭和38年(ヨ)76号 判決 1963年4月26日
申請人 井上勇也
被申請人 三重宇部生コンクリート工業株式会社
主文
申請人が被申請人に対して提起する本案判決の確定する迄被申請会社の従業員であることを仮りに定める。
被申請人は申請人に対して昭和三八年四月一日以降右本案判決確定迄毎月二〇日限り一ケ月金二五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
申請代理人は「申請人が被申請人に対して提起する本案判決の確定する迄被申請人の従業員であることを仮りに定める。被申請人は申請人に対して昭和三八年一月一日より右本案判決確定迄毎月二〇日限り金四六、一七一円を仮りに支払え。申請費用は被申請人の負担とする」との裁判を求め、
申請人は昭和三五年一二月二一日被申請会社に入社し事務職員として勤務していたが、昭和三八年一月一六日懲戒解雇する旨の意思表示を受けた。
しかしながら右懲戒解雇の意思表示は解雇すべき理由なくしてなされたものであるから解雇権の濫用として無効である。
申請人は被申請会社から受ける給料を唯一の収入として生活しているものであるが、妻(三九才)を扶養するほか、妻の実母(六一才)にも収入の一部を仕送りしていて、到底本案判決確定迄待つことができない。申請人の最近一ケ年間における月平均給与額は金四六、一七一円である。
よつて本申請におよぶものである。
と陳述し、被申請人の主張に対して次のとおり述べた。
申請人が被申請会社より昭和三八年一月一〇日より同月一三日迄の間三泊四日にわたり修養団神都道場へ派遣されたこと、申請人が創価学会員であること、同月一二日帰社を命じられたこと、同月一三日乃至一五日の三日間欠勤したことは認めるがその余の主張事実を否認する。右修養団は伊勢神宮を崇拝し、伊勢神宮の神道を説くものであつて、その教えるところは申請人の信奉する創価学会の信念と異つていたので道場長の高木昭道講師と意見が合わなかつたのである。被申請会社は社員の精神修養と称して特定の宗教を強制的に押しつけ戦時中の産業報国会的な教育をしようとしてその趣旨にそわぬ申請人を懲戒解雇したのである。
(疎明省略)
被申請代理人は「本件申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする」との判決を求め、次のとおり述べた。
申請人主張の事実中、申請人が昭和三五年一二月二一日被申請会社に入社し、事務職員として勤務していたことは認めるが、被申請人が申請人を懲戒解雇したこと、申請人の平均賃金がその主張の如くであることは否認する。申請人は昭和三八年一月一六日被申請会社を依願退職したものである。
仮りに申請人主張の如く懲戒解雇したのであるとすれば右懲戒解雇は次の理由によつてなされたものである。
被申請会社は従業員の精神修養並びに社業発展の一助として毎年経費一切を被申請会社で負担し従業員を修養団神都道場へ派遣しているが、申請人に対し昭和三八年一月一〇日より同月一三日迄三泊四日の予定で右修養団主催の講習会に参加を命じた。然るに申請人は創価学会員であるため他の宗教はもとより神道をも全く排斥し、右講習会の講師と悉く意見が合わず、何度注意されても全く態度を改めなかつたため、他の修養者に対する影響を考慮して同月一二日強制的に帰社を命じられたのであるが、その後直ちに被申請会社に対して右講習会の模様を報告すべきであるに拘らずこれを怠り、又同月一三日より一五日迄の三日間無断欠勤した。右の如く申請人が講習会から強制帰社を命じられるが如き行為をなして被申請会社の名誉および信用を失墜させ、注意を受けたことに対し反抗的態度をとり、又無断で欠勤したことは就業規則第四〇条、第四一条所定の懲戒解雇事由に該当するものである。
(疎明省略)
理由
申請人が昭和三六年一二月二一日被申請会社に入社し事務職員として勤務していたことは当事者間に争がない。
証人小笠原弘の証言(一部)および申請人本人尋問の結果によれば、被申請会社は社員の精神修養のため昭和三八年一月一〇日より三泊四日の予定で申請人を修養団神都道場へ派遣したところ、右道場長から申請人が講師と意見相違し受講を怠つたため帰社を命じた旨の報告を受けたので、このような申請人の態度は会社の信用を失墜させたものと判断し且つ帰社後直ちに講習の結果について報告すべきであるに拘らず三日間無断欠勤して報告を遅延したことをも合わせて、これを事由として申請人を懲戒解雇すべきことに決し、昭和三八年一月一六日申請人を本社迄呼び出して取締役小笠原弘から申請人に対し懲戒解雇の意思表示をしたことが疏明される。被申請人は申請人が依願退職したものであると主張するが、これを肯定する証人小笠原弘の供述は措信し難く、他に右事実を認める証拠もないから被申請人の右主張は理由がない。
申請人は右懲戒解雇の意思表示が解雇権の濫用であると主張するので、以下被申請会社主張の解雇理由の存否について判断する。
成立に争のない甲第一号証および乙第二号証の記載、検甲第一号証乃至第三号証、証人小笠原弘の証言および申請人本人尋問の結果によれば、申請人が右講習途中で修養団から帰社を命じられたのは次の事情によるものであることが疏明される。被申請会社は従来従業員をその精神修養のため伊勢市所在の修養団神都道場に派遣しており、昭和三八年一月一〇日より同月一三日迄三泊四日の日程で行われた講習会には申請人を参加させた。その際被申請会社では申請人が日蓮正宗を信奉する創価学会員であることを知つていたが、宗教に無関係な講習である旨述べて右講習会への参加を命じたのである。ところが右修養団は「道のひかり」と題する教典を有し、伊勢神宮を祀り、皇祖皇宗を尊崇した禊祓詞、大祓詞を朗読する等神道的教義を唱導する団体であつて、右講習会では第一日目午後正面に皇太神宮を祀つた道場において禊祓詞、大祓詞の朗読および神宮参拝の仕方を教え、第二日目には皇太神宮を本尊として心を修練すれば本性に帰して明魂を体得することができるとの明魂哲学を説いた講義並びに伊勢神宮参拝が行われ、第三日目午前中高橋道場長の講義が行われた。申請人は右講習に際し講師に創価学会員たる自己の信念に反することを告げて第一日目午後の祓詞の朗読および神宮参拝の仕方の講習に加わらず、第二日目の伊勢神宮参拝に参加せず、又第三日目高橋道場長の講義に際し右道場長が新興宗教を誹謗し日連上人の行動を述べたことに対し申請人は道場長の言辞が事実と相違するとし自己の信念を述べて抗議(破折)した。そして講義時間後申請人は高橋道場長より呼ばれて道場長室において同人と議論したが、高橋道場長は申請人が神宮参拝をしなかつたことを非難し、「神宮を拝めないなら帰れ」と言つて講習途中で帰社を命じたものである。
先ず申請人が講習途中において修養団より帰社を命じられたことが、被申請会社の名誉信用を傷つけたものであるかどうかを考える。申請人が帰社を命じられたのは申請人が祓詞の朗読および神宮参拝の仕方の講習に加わらず、伊勢神宮に参拝しなかつたこと、道場長の講義に抗議論争したことによるものであるが、祓詞の朗読および神宮参拝の仕方の講習は神道の行事の練習行為であり、神宮参拝は神道の行事であることは明らかである。しかし、信教の自由は何人に対しても保障されていることは憲法の明定するところであり、その信教の自由はかかる宗教的行事をなすことおよびなさざることの自由をも包含するものであるというべきである。
従つて仮令講習の課目として行われるものであつても、申請人が自己の信仰する宗教と異なる宗教の行事に参加することを拒むことは権利として保障されているものであつて、申請人が右の行事に加わらなかつたことは何等非難さるべきものではない。又申請人が道場長の講義に対し抗議論争したことについても、道場長は神道的立場から日蓮正宗と察知される宗教を誹謗し、その開祖である日蓮上人の行動を述べたのであるが、これに対し誹謗された宗教を信仰する者が抗議をなし、又自己の宗教の立場から事実の誤りを指摘することは、その宗教を信仰する者にとつて宗教上の信念の表現行為というべきものであつて、その態度が穏当を欠いていない限り、何等非難さるべき行為ではなく、本件において申請人の抗議論争の態度において格別穏当を欠くものと認むべき疏明もない。
然らば申請人の講習会における前記の如き行動は権利として保障されたことを行つたものであり、又宗教的信念の表現行為に出たもので敢えて非難を受けるが如き行動ではないものであつて、これに対し修養団が帰社を命じたのは単に自己の宗教的立場からしたものであり、申請人の責に帰すべき事由に因るものではないものというべきである。従つて申請人の前記行動は従業員としての品位を汚したとはいえず、且つ被申請会社は修養団の説くところがその修養の実体からみて申請人の宗教上の信条に反することを充分に察知し得たに拘らず敢えて講習会に参加させたことをも考慮すれば、就業規則第四〇条第一〇号、第四一条第五号に懲戒解雇事由として掲げられた「会社の名誉、信用をきずつけたとき」には該当しないものというべきである。
次に申請人が帰社を命じられた後講習の結果を報告しなかつたことについて考察する。証人小笠原弘の証言および申請人本人尋問の結果によれば、被申請会社においては出張後直ちにその結果を報告すべきものとされているに拘らず、申請人は親族の病気見舞および自己の病気のため右講習会から帰つて直ちに被申請会社に対し講習の結果を報告しなかつたことが疏明される。しかしながら業務による出張の結果について報告義務が課せられるのは、使用者が出張事務の結果を確認することにより爾後の業務運営に支障なきようにするところに本来の意義があるものというべく、本件の如き精神修養のための講習会に出張を命じられた場合につき業務上の出張事務に関すると同列に論じることはできないから就業規則第四〇条第五号に規定する「故意に業務の能率を阻害し、または業務の遂行を妨げたとき」に該当するものといい難い。また申請人の右行為は就業規則第四〇条第一三号の「業務に関する上司の指揮命令に違反したとき」、第一四号の「前各号に準ずる程度の不都合な行為をしたとき」に該当しないとも言えないが、就業規則第四〇条違反の制裁としては第四一条に譴責、減給、出勤停止、格下げ、懲戒解雇の五種類を定めていることに徴すればその情状に照して申請人の右報告懈怠の行為をもつて懲戒解雇に該当するものとなすことはできない。
次に申請人の無断欠勤の点について案ずるに、成立に争のない乙第一号証、甲第五号証の各記載、証人小笠原弘の証言および申請人本人尋問の結果によれば次の如く疏明される。申請人は昭和三八年一月一二日午後五時頃帰宅したが、翌一三日は家事の都合により、同月一四日は風邪のため、いずれも他の社員に伝言を頼んで欠勤し、又同月一五日は風邪のため炊事係に伝言を頼んで欠勤した。ところで被申請会社では就業規則第二四条において病気その他已むを得ない事由により欠勤する場合は事前に申し出るものとし、止むを得ない事由により事前に届け出ることができない場合には午前中までに届出なければならない旨が定められており、欠勤当日上長又は担当係員迄電話等確実な方法で連絡し後に欠勤届を出すという慣例になつていた。申請人の場合は生産事務主任の地位にあるから直属の上長たる工場長又は担当係員に申し出るべきであつたが、右三日間の欠勤については従前の如く電話連絡が可能であつたに拘らず、他の従業員に対し担当係員に連絡してくれるよう依頼したのみで事足れりとしたため欠勤の意思表示が被申請会社に到達しなかつたものである。従つて申請人は右三日間について無届欠勤の責を負うべきである。就業規則第四〇条第八号には「正当な事由なく屡々無断欠勤するときは制裁を行う」旨の規定があるが、就業規則に基いて表彰および制裁に関する具体的基準として「表彰及び懲戒規定」が設けられており、その第一四条第一号、第一一条第二号によれば正当の理由なく無断欠勤連続三回以上のとき譴責理由となり、譴責を受けること三回におよび或は正当の理由なく無断欠勤連続一〇日以上のとき懲戒解雇されることに定められている。右規定の基準よりすれば、申請人の本件無断欠勤は申請人が昭和三七年七月行われた参議院選挙の際、選挙運動のため数日間無断欠勤して譴責処分に付せられたこと(この事実は申請人本人の供述により疏明される)を合わせても懲戒解雇に該当しないことが明らかである。
以上によれば被申請人の主張する解雇事由はいずれも理由がなくこれ等を綜合して考えても懲戒解雇が相当であるとはいえない。従つて本件懲戒解雇の意思表示は何等解雇すべき理由がないに拘らずなされたものであつて解雇権の濫用として無効とすべきである。
申請人の賃金仮払申請について、成立に争のない甲第二号証の記載および申請人本人尋問の結果によつて疏明される申請人の給与額、家族状況等を斟酌し、昭和三八年四月一日以降毎月二〇日限り一ケ月金二五、〇〇〇円宛の仮払を求める限度において認容するを相当とする。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤淳吉 丸山武夫 渡辺一弘)